2010年8月13日金曜日

柔軟な心

案外自分では気づかないで習慣になっていること。
たとえばこれはこうしないといけないんだとか、あるいは決めつけてしまっていること・・・。
思考の習慣性とか・・・。
そう云うのを習慣の心とでもいうのでしょうか。
時々その習慣の心を洗いなおしております。
それは柔軟な心をもつように努めております。
中々できませんが、これも訓練と思いますので。


上のトールペイントを習い始めた時のことです。
ユリの花を習いましたが、なかなか上手く形が取れない。
こう描くんだと思いこんでいたのが後日判りました。
それは私より少し前に習い始めた百合子さんがとてもうまく描くのです。
それを見ていて花弁の描き方を決めつけていたのに気付きました。
それからは百合を描くのが億劫でなくなりました。
でも薔薇のはなばかりをかいておりますが・・・時々百合も描きます。

ささやかなことではありますが日常にもこういうことはありますものね。

なんだかとりとめのなことを書いてしまいました。

2 件のコメント:

  1. ベッラ・カンタービレ2010年8月25日 19:41

    柔軟さが私も大切だといつも思っています。よく「~であらねばならない」とがんじがらめになって、自分も人もしばることがあり、心で「こんなのいやだ~」という声が聴こえてきたらそれに従うことにしています。最近では偽保守の「愚民・能天気」よばわりで、刹那的な文で追い詰め、では自分はどうなんだ!というところがすっかり枯れているのです。
    いくらいいことを言ってもこれではファッショであり、異なった意見をきく耳がありません。
    私はいつも修正していくことの勇気が必要と思います。

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  2. ベッラさんへ

    愚民ノーテンキ・・・あの発言は戴けませんよね。知らないからノーテンキになっているだけですもの。してるからと云って下目線では不愉快になります。たまにそ云う方がいらっしゃる。
    ベッラさんは情熱的でかつ素直なお方と拝察しております。

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